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==  愛魚 ==

鱗をまとった椿姫

 近頃は長い文章を書き綴る熱量もめっきり減ってしまった。そのためブログは放置していたのだけれど、物を書く友人に触発されたことと、魚への愛がとめどないこと、以上の理由で吐き出しておくことにした。

そもそも私は魚類に興味がなかった。幼い頃に飼っていた記憶の中でも何と愚かで何も覚えない生き物だろうということばかりだった。私が生き物屋に出向いたのは夢の中で出てきた魚のことが不可解だったからだ。ある日の夜に会った魚は私だけを気に留め追いすがる、理想的な性質をしていた。最初の犬とよく似た魂の形だった。そんなに都合よい話がありふれて転がっているわけがない。諦めを含んだ安心の絶望をするために、水槽を見に行ったのだ。

 その店は特にベタの取り扱いが多く、瓶に詰められて並べられていた。闘魚とも呼ばれる気の強さから一匹一匹隔離された姿は魚というより犬猫のようであった。エゴイズム支配された主観で言うならば、小さな動物園のかわいそうな狼にそっくりだった。一匹で檻を行き来する他にやることのない、ただ生かされている動物の悲しみである。大きな動物園の狼は伴侶もいて庭もあり、細やかなりに自由を謳歌しているようだった。人生に貴賤がつかないとはいえ、その差は目に見えている。ペットショップでは群れて暮らさないハムスターが余計な侵入者に苛立ち禿げあがりながら生きていることもしばしばだが、例え群れで生活せずとも、狭い畳一畳で一人生きるのはどんな気分だろう。そのペシミスティックな理性の他にはただ私に都合の良い生き物が見つからないことを嘆く感情があるばかりだった。

 特に生活の格差を目の当たりにするとその気持ちは深まった。良いベタ、つまり美しく、さらに言えば高値で売れるものは優遇され大きな水槽で水草や砂までご丁寧に備わったところで暮らしていた。ひやかすように魚たちを見ていると強く鋭い視線を感じた。その視線の先には、鯉の模様をしたベタがいた。魚のどこを見ているかわからない目とひとくくりにするにはあまりにも黒目がちな魚だった。

 そのベタの全身は白で、ところどころに赤と黒が模様付けされていて、一部には銀の鱗がちりばめられていた。鰭は控えめだが良く泳いだ。夢の中の魚の友達に少し似ている気がしたがそれよりも綺麗だと思った。そしてこの観賞魚がそんなに頭が良いはずがないのだと考えた。偶然、硝子にうつる自分にでも見とれているのだから、私が動くのも認識しないだろう。そうして隣の水槽を見にいくとわざわざ私の方までよってきて好奇心意外に形容できない態度でそわそわしていた。例え知恵ものでも条件付けされた魚でしかないのだから、ぬか喜びをするのはよそう。そして店員が餌をやりに来た。沢山のベタがいっせいに水面の方に上がってきた。人を見分けられるのは感心だった。当然そのベタも水面に来たのだ。

 所詮は魚類でしかないのだ。見て楽しめたのだから帰ろう。そして私がそのベタの水槽を通り過ぎたときだった。やはりその子が後を追ってきたのだ。目が合った時に惹かれていたが、もうその時には連れて帰るのが決まってしまった。性別やその生き方も知らず、ひとまず店員の進めるうえで一番良いものをそろえた。両手いっぱいの暮らしの品、餌、住み処を抱えて電車に乗ると当然私の膝に魚の入った袋をのせることになった。その子のなんといじらしいことか。私の股のくぼみに身をねじ込み、じいっとしているのだ。ああ、本当にうまい。上出来な魚だ。

 この魚はまるで人を喰ったように不気味なまでよく出来ている。半日はそっとしておいた。翌朝から餌は指から食べるようになった。掃除をするときに手に入ってくるようになった。新しいポンプや隠れ家は水槽越しに認識した時点で反応を示し、いざ入れてやるとどういうものかをその都度確かめていた。水槽の準備を整え新しい住み処に慣れたころには益々人間味を増した。私もその子を理解しようと調べたことを試してみたのだ。他の魚と混泳できるか試すために鏡を見せてみた。すると雄でもないのにえらぶたまでカプカプ開いてしばらくは私が何をしても「この子を殺すまで邪魔をしないで」とでも言いたげにして餌すら食べなかった。ちょっと良い食べ物をやると低級な餌を吐き出すようになった。空腹になりようやく口に入れるようになった。

 その食べ物への反応も最初こそ一気に浮かべたものを食べていたが、指であげなければ食べようとはしなくなった。スポイトでもいけない。私の指さした先にのみ反応する。ただ手を差し入れると噛みつくでもなく寄り添う。私はこの子の身体を傷つけないように氷で冷やした手を差し入れるようになった。触れただけでは火傷をしないようにはなったが、この子もまた低温火傷の危険を冒しながらも手から離れようとはしない。ごくたまに手に触れることもあるのだが、その感触は室生犀星の蜜のあはれで表現される魚の体表を表現した「のめのめ」という言葉にふさわしい何とも不思議な感触だった。

 飼い方の調べついでに記事を読んでいると卵を産むためのポッチがついているのは雌なのだとわかった。頭に浮かんでいた白椿のイメージと椿姫や少女椿の気の強さが合致したので私はこの子の名前を椿とした。これがなれそめである。後日判明したのだが、私が椿を迎えたペットショップでは店長が特にベタをよく可愛がっていたらしい。あまりに威嚇しすぎると寿命が縮むので仕切りを付け外しし、餌を高級なものと交互に与え、新しい家に迎えられると淋しく思うのだそうだ。まったく人と魚と情景を区別できない、ホームセンターなどで見る心の腐った、死んだ魚の目をしたベタが一匹もいないわけがわかった。

 私は毎日この娼婦のような娘のような気位の高いこの魚にどうしようもなく夢中なのだ。
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